最終更新: guildwars2 2019年07月11日(木) 12:49:59履歴
1976年にやどかりの里が経済的な課題を抱え、存続の危機に陥った際に
開かれた利用者とスタッフの相互研修の記録では、座談会の形式でやどかりの里が行ってきた
ことと、これから先に継続して行くべきことについて、利用者や家族も含めて語り合っている
(谷中・早川,1977)。その中で彼らは、自分たちがやってきたことが「当たり前の生活」の実
現に向かうものに他ならないことを再確認している。
谷中は「当たり前の生活」の考えをさらに一歩進め、「ごく当たり前の生活」をキーワード
としてあげている。「ごく当たり前の生活」では、「ごく」の部分が大事であるとしており、
単に人並みの生活をするということではなく、その人らしい生活であることがそこに含まれる
という(谷中,1996前掲)。
「ごく当たり前の生活」とは、どのような生活であってもその人自身が望み大切にしている生
活を尊重するという意味が込められている。
「当たり前の生活」がノーマライゼーションを指すとすれば、「ごく当たり前の生活」は、
ソーシャル・インクルージョンの思想に近い意味を持つ言葉であると考えられる。
谷中は、この「ごく当たり前の生活」を可能にするためには、生活支援センターのような地
域の中に拠点となる「安心の場」があることと、当事者同士によるセルフ・ヘルプの活動
家族・近隣・友人等その人にとって必要な人々によるネットワークを含んだフォーマル・イン
フォーマルなネットワークの組織化、さらに住居、就労を含んだ多様なサービスの用意と開発
が必要であると述べている
開かれた利用者とスタッフの相互研修の記録では、座談会の形式でやどかりの里が行ってきた
ことと、これから先に継続して行くべきことについて、利用者や家族も含めて語り合っている
(谷中・早川,1977)。その中で彼らは、自分たちがやってきたことが「当たり前の生活」の実
現に向かうものに他ならないことを再確認している。
谷中は「当たり前の生活」の考えをさらに一歩進め、「ごく当たり前の生活」をキーワード
としてあげている。「ごく当たり前の生活」では、「ごく」の部分が大事であるとしており、
単に人並みの生活をするということではなく、その人らしい生活であることがそこに含まれる
という(谷中,1996前掲)。
「ごく当たり前の生活」とは、どのような生活であってもその人自身が望み大切にしている生
活を尊重するという意味が込められている。
「当たり前の生活」がノーマライゼーションを指すとすれば、「ごく当たり前の生活」は、
ソーシャル・インクルージョンの思想に近い意味を持つ言葉であると考えられる。
谷中は、この「ごく当たり前の生活」を可能にするためには、生活支援センターのような地
域の中に拠点となる「安心の場」があることと、当事者同士によるセルフ・ヘルプの活動
家族・近隣・友人等その人にとって必要な人々によるネットワークを含んだフォーマル・イン
フォーマルなネットワークの組織化、さらに住居、就労を含んだ多様なサービスの用意と開発
が必要であると述べている
やどかりの里のスタッフ・メンバーの関係1) | ストレングモデルの原則2) |
仲間として:活動を一緒にしていく人としての間柄 | 原則 5, |
つき合い方:よい時のつきあいを大切にしていく 原則 | 2,5 |
健康な部分を重要視する | 原則 1,2 |
問題の共有:社会的弱点からひきおこされる問題を共有 | 原則 1,5 |
困難性を乗り切る:生活者として社会の中で起こってくる困難を共に乗り切る | 原則 1,5 |
自己主張できる存在:自己主張できる人、自己決定できる存在としてみなす | 原則 1 |
契約関係 : 関係を成立させるための契約関係の明確化と限界性 | 原則 5 |
主体的な彼として:生活の主体者として本人が決定を下せるように配慮を行う | 原則 4 |
おかしさを持ち合わせつつも:弱点を持ちつつも破綻をきたさないで済むような支援を検討 | 原則 1 |
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